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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)105号 判決 1983年9月29日

原告 大規模店舗(ライフ)対馬江進出反対期成同盟

被告 寝屋川市長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年九月一四日付で訴外大阪工業株式会社(以下、大阪工業という)に対してした寝屋川市対馬江東町一二七番一号他の大阪工業が開発事業者となつて開発しようとする開発区域(以下、本件開発区域という)についての建築承認の処分(以下、本件承認という)はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本件開発区域の東方約三五〇メートルに所在する三和センター、南西方約五〇〇メートルに所在する大阪トツプセンター、東北方約九〇〇メートルに所在する寝屋川市中央市場で営業する小売業者を主たる構成員とし、本件開発区域に共同住宅付大規模小売店舗を建設して本件開発区域を開発しようとする大阪工業の事業計画を阻止し、地元小売商業者の営業権、生活権を擁護し、構成員相互の親睦を図ること等を目的として結成された権利能力なき社団である。

2  大阪工業は、昭和五四年初めころから、寝屋川市対馬江東町一二七番一号外の四八五六・六四平方メートルの地域(本件開発区域)に共同住宅付大型店舗用建物を建築し、右建物に大型店(当初はニチイ、その後はライフに変更)を誘致して右地域を開発する計画を立てた。そして、大阪工業は、寝屋川市開発に関する指導要綱(以下、本件指導要綱という)に則つて、開発事業者として被告に開発行為の同意を求め、昭和五七年三月一六日右同意を得た。

3  大阪工業は、更に、本件指導要綱三〇条に基づいて本件開発区域内に建物を建築する承認を被告に求め、同年九月一四日被告はこれを承認した(本件承認)。

4  本件承認に至る経過は、次のとおりである。

(一) 原告は、大阪工業の前記開発計画に反対し、寝屋川市議会に対し、大規模店舗進出反対に関する請願書を提出し、昭和五四年一二月一一日、同市議会厚生常任委員会で採択された。

(二) 原告は、更に、大阪工業との間で、交渉を重ね、昭和五五年八月二九日、大阪工業は原告との間で、協議交渉を継続し、原告と合意に達するまでは大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下、大店法という)、同法施行規則所定の届出手続を行わない、被告に対する本件指導要綱に基づく開発行為の同意申請、建築の承認申請も原告との同意に達するまでは行わない、との内容の協定が成立した。

(三) ところが、大阪工業は、右(二)の協定に違反し、昭和五七年二月六日本件開発区域について開発行為を行うことの同意を被告に求めた。

(四) 被告及び寝屋川市は、同市、地元自治会、開発事業者である大阪工業との間で、右(三)の開発行為について被告が同意するかどうかについて協議する三者協議会を開催した。そして、寝屋川市は、同年三月一五日開催された右協議会において、「開発者(大阪工業)は附近住民の要望の建物の高さについても只今検討しておりますので今しばらくお待ち下さい。今後の話し合いも充分致します。」と地元自治会に回答した。

(五) しかし、被告は、同月一六日、大阪工業の右(三)の求めに対し、本件指導要綱に基づいて同意を与えた。

(六) 原告は、その後、寝屋川市に対し、「訴状」と題する要望書を提出して大阪工業が大店法三条の届出、開発行為の同意申請手続には重大な瑕疵があることを指摘してその是正を求める等の要求を続けた。

被告及び寝屋川市は、これに対し、終始、今後も開発事業者である大阪工業と地元対策委員会との間で協議が続けられるよう行政指導を行う旨回答し、更に、同年五月八日、同年八月一四日、被告は、原告との間で、大阪工業に対して、大店法三条の届出、開発行為の同意申請を取り下げるよう強く指導する、大阪工業の本件指導要綱三〇条に基づく建築承認の申請は受理せず、これに対して被告は建築承認は与えない、地元対策委員会の話し合いが着くまで、地鎮祭、整地工事も含めて一切の工事をさせないこと等を約して、その旨記載した確認書(甲第九、一〇号証)を原告に交付した。

(七) にもかかわらず、大阪工業は、被告に対し、本件指導要綱三〇条に基づいて本件開発区域内に建物を建築することの承認を求め、被告はこれに対して、同年九月一四日右承認を与えた(本件承認)。

5  本件承認は、原告と大阪工業との間の前記4の(二)の協定に基づく不作為義務に違反して大阪工業がした違法な申請による行政処分であり、また、被告においても、被告と原告との間の右のような確約に違反してなされた行政処分であつて、違法な行政処分である。

6  よつて、原告は、被告に対し、本件承認の取消を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件承認は、抗告訴訟の対象となる行政処分に当らない。すなわち、本件承認の前提となる本件指導要綱三〇条に基づく建物の建築の制限は、法律上の義務としての制限ではなく単なる行政指導に基づく事実上のものである。したがつて、これを前提とする本件承認も、法律上一般的に禁止されている建築工事につき右禁止を解除する許可のような効果を発生させる行政処分ではなく、これまた行政指導に過ぎないのである。したがつて、本件承認は、行政庁が、その優越的な地位に基づいて個人に対して権利を制限し義務を課し、或いは個人の権利義務関係に直接影響を与えるような法律効果を生じさせるものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。

2  原告には、本件承認の取消を求めるにつき、行訴法九条所定の法律上の利益がない。すなわち、本件指導要綱は、都市計画法上の開発行為及び建築基準法による建物の建築等の調整に関するものであつて、大型店の新規開店と周辺の既設の小売業者の営業権、生活権の調整を図る趣旨のものではない。したがつて、本件指導要綱は、いかなる意味においても、原告或いはその構成員の個別的、具体的な営業利益の保護を図つているとはいえない。そうすると、原告は、原告或いはその構成員の営業上の利益、生活権の保護を理由に、被告が大阪工業に対してした本件承認の取消を求める法律上の利益がないというべきである。原告は、大店法所定の手続によつて、大型店の進出と自らの営業上の利益の保護との調整を図るべきである。

また、原告は、個々の自然人や法人ではないから、その主張する営業権、生活権の保護による利益を自ら直接享受することのできる主体ではなく、この点からも原告には、本件承認の取消を求めるにつき原告適格がない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2、3の各事実は認める。

3  同4の(一)の事実は認める。

4  同4の(二)の事実中、原告主張の日に打合わせ会が開催され、これに寝屋川市の職員が立会つたことは認めるが、その余は不知。

5  同4の(三)の事実中、大阪工業が本件開発区域について開発行為の同意を被告に求めたことは認める。

6  同4の(四)は争う。

7  同4の(五)の事実は認める。

8  同4の(六)の事実中、原告が寝屋川市に対し、「訴状」と題する書面を提出したこと、被告及び寝屋川市が今後も大阪工業と地元対策委員会との間で協議が続けられるよう行政指導を行う旨回答したこと(甲第七号証参照)は認めるが、その余は否認する。

9  同4の(七)の事実は認める。

10  同5は争う。

四  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  被告の本案前の主張1は争う。

本件開発区域内において開発行為(建物その他の工作物の建築とこれに伴う土地の区画又は形質の変更)を行なおうとする開発事業者には、本件指導要綱が適用される。本件指導要綱三〇条によれば、開発事業者は本件指導要綱一一条二項の検査済み証又は都市計画法三六条三項の告示があるまでは建物を建築してはならないことになつている。開発事業者である大阪工業は、右規定によつて、本件開発区域に建物を建築することができなかつたのである。ところが、被告が本件承認を行うことによつて、本件指導要綱三〇条一項但書により、大阪工業は右のような制限を受けずに建物を建築することができることになつた。したがつて、本件承認は、単なる行政指導ではなく、被告が大阪工業に対し、建築制限を解除するという法的効果を伴つた行政処分である。

2  被告の本案前の主張2は争う。

被告は、原告に対し、昭和五七年五月八日と同年八月一四日、確認書を差し入れた。その趣旨は、被告が原告との間で、大阪工業が、原告との合意・協定を無視して一方的に開発行為に必要な行政手続きである被告に対する建築承認申請をした場合には、被告において建築承認の処分をしない旨を確認したものである。原告は、被告に対し、被告が原告に対してした右確約に基づいて本件承認の取消を求めるのであるから、本件承認の取消を求めるにつき法律上の利益があることは明らかである。

五  原告の反論に対する被告の認否

いずれも争う。

第三証拠<省略>

理由

一  原告の本件訴えは、大阪工業が昭和五四年初めころから本件開発区域に共同住宅付大型店舗用建物を建築し、右建物に大型店を誘致して右地域を開発する計画を立て、本件指導要綱(寝屋川市開発に関する指導要綱)に則つて、被告に対し開発事業者として開発行為の同意を求め、昭和五七年三月一六日右同意を得、ついで本件指導要綱三〇条に基づいて本件開発区域内に建物を建築する承認を被告に求め、同年九月一四日被告はこれを承認した(本件承認)とし、本件承認が違法であるとしてその取消を求めるものである。

二  そこでまず被告の本案前の主張について判断する。

抗告訴訟の対象となる行政処分とは、行政庁が公権力の行使、すなわちその優越的な地位に基づき、権力的な意思活動としてする行為であつて、その行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質のものであることが必要であると解すべきところ、これに対し、いわゆる行政指導は、行政機関が一定の行政目的を達成するためにとる裁量的な措置であつて、公権力の行使として命令又は処分をするものではなく、専ら相手方の任意の同意又は協力による一定の作為又は不作為を期待して相手方に働きかける非権力的な措置であり、それ自体法的拘束力ないし法的強制力を有するものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一号証、並びに、弁論の全趣旨によれば、本件指導要綱は、寝屋川市が、宅地造成等規制法、都市計画法、建築基準法その他の関係法令の運用とならんで、寝屋川市における最近の宅地開発に対し、快適で住み良い街、緑ある街にするため、多角的な指導及び調整を計り、右宅地開発に伴う街づくりに関する指導の要綱を定めたものであり、かつ、右要綱は、開発事業者の全面的な協力と理解の下に、今後寝屋川市内において行われる開発事業が計画的かつ環境良好な市街地として形成されることを期待して定められたものであつて、法律、条例、その他の法令では勿論ないこと、したがつて本件指導要綱三〇条一項所定の建物建築の禁止や被告市長の承認、その他本件指導要綱に基づく開発事業者に対する措置は、あくまでも右業者の任意の同意ないし協力による作為又は不作為を期待する行政指導であつて、法律や条例に基づく公権力の行使として、開発事業者に対する法的拘束力ないし法的強制力を有するものではないこと、そのため、開発事業者が本件指導要綱に基づく行政指導や開発に関する負担金要綱を遵守しない場合であつても、これを強制する方法は定められておらず、ただ被告市長は、右の如き場合には、開発事業者の開発行為に必要な協力を行わないものとするとされているに過ぎないこと(本件開発要綱三六条参照)、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件指導要綱三〇条一項に基づいてなされた原告主張の本件承認は、公権力の行使としてなされたものでなく、被告の行政指導の一態様であつて、法的強制力をもつて個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質をもつとはいえないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ではないと解するのが相当である。もつとも、原告は、開発事業者である大阪工業は本件指導要綱三〇条一項により本件開発区域内に建物を建築することを所定の期間禁止されていたところ、被告が本件承認をしたことにより同項但書により右禁止の効果がなくなり建物を建築することができるようになつたから、本件承認は、まさに、大阪工業の法律上の地位ないし権利関係に影響を与える行政処分であると主張する。しかしながら、本件指導要綱三〇条一項所定の開発事業者に対する建築物の建築禁止の定めは、前述の通り、単なる開発事業者の任意の同意又は協力による不作為を期待した行政指導に過ぎないのであつて、いわゆる公権力の行使としてなされた法的強制力のある行政処分ではないから、これを解除する右三〇条一項但書に基づく被告市長の承認も、公権力の行使としてなされた行政処分ではなく、単なる行政指導としてなされた一措置に過ぎないものと解すべきである。よつて、本件承認が抗告訴訟の対象となる行政処分であるとの右原告の主張は失当である。

三  以上のとおりであり、原告の本件訴えは不適法である。よつて、原告の本件訴えを却下し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤勇 八木良一 小野木等)

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